音楽活動プロフィール

若松沙奈枝(わかまつさなえ)プロフィールDSC_0124_2

  • 誕生年:1978年(S53)生まれ
  • 出身:鹿児島県霧島市隼人町
  • 性別:男
  • 学歴:国分高→第一工業大学(機)卒
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  • 住まい:2013年7月より、鹿児島県霧島市から同県の指宿市に引っ越して、現在は指宿市在住

音楽活動に関する略歴

幼少のころから親の影響で吉田拓郎の曲を聴く。
13歳で初めてビートルズを聴いて15歳までビートルズに夢中になる。
15歳よりギターの練習を始め、最初は長渕剛の曲を主に練習する。
16歳頃から日本の「フォークソング」に傾倒する。
2000年にフォークデュオ「蜃気楼」を結成するが1年で解散する。

当時MBCラジオ「マイク1本勝負(毎週土曜日)」にて年間グランプリを獲得(当時は本名)。

MBC秋まつり、MBCラジオ「うちだえいこのGOGOGO」出演。

2001年6月頃~ソロとして活動する。
同年に鹿児島市のいづろ通りの歌「いづろ通りにちょいとおいで」を作詞作曲する。2007.6.4にMBCラジオで紹介される。
2002年3月に鹿児島中央駅前で行われた当時鹿児島で活動する30名以上のミュージシャンが参加していた「ストリートパフォーマンス大会」で、 グランプリを獲得する。
2002年7月にファーストアルバム「時代の風」でCDデビューする。

これを機に名前を「若松沙奈枝(わかまつさなえ)」に改名する。

同年8月「サマーミュージックフェスティバル2002in鹿屋」で大賞を受賞する。
同年旧佐多町(現在南大隅町)イメージソング「ありがとう、ふるさと」を作詞作曲する。
2003年9月27日に「アコースティックパラダイス大会」郡山町八重山公園で大賞を受賞する。
鹿児島市宇宿の納涼夏祭りの「ストリートミュージシャン大会」にて2001,2005年優勝する。
霧島市国分のレストラン「ピエトロ」で毎月第2・4木曜日に19時30分~20時30分まで演奏(約3年間。2008年6月で終了)
2007年8月に加治木町小山田の小山田音頭を作曲する。
2007年6月~鹿屋市民交流センターにてギター講座の講師を務める。
2008年10月頃、鹿児島工学院専門学校のイメージソングを作る。
2008年12月より肥薩おれんじ鉄道応援ソングを歌う(作詞:福田充・作曲:米丸剛)。
2009年4月~自宅で平日にギター講座をおこなう(2013年6月まで)。
2010年12月姶良市加治木町かもだ商店街の歌を作曲する(2014年:KYT「かごピタ」出演。
2011年4月志布志ダグリ岬遊園地30周年記念ソングを作詞作曲。
現在はイベントで演奏する傍ら、作曲活動も行っています。

若松沙奈枝の沙奈枝とは

若松沙奈枝の「沙奈枝さなえ」という名前は、本名ではありません。

しかも私は男性なんです。

「沙奈枝」という名前をつけることになったきっかけというのは、2002年に初のCDを作ることになったことでした。

僕の好きな「古井戸」という二人組の歌手がいて、そのメンバーであった仲井戸麗市さんという方が作った曲「さなえちゃん」という曲のタイトルが原点になっています。

この「古井戸」のメンバーの仲井戸麗市さんが僕は大好きで、彼の作品をかなり聴きました。

感情がたっぷりと詰まった曲ばかりで、詩の持つ独特な世界へ引き込まれるような最高の曲ばかりですし、僕も音楽生活の中でかなりの影響を受けました。

だからこの「沙奈枝」という名前はかなり気に入っていますし、これからもこの名前を大切にしたいです。

また「沙奈枝」という漢字は「幸せの命名辞典」などの本で一番いい漢字を探し、この漢字の組み合わせを選択しました。

もちろん迷信だと思うこともありますが、このような活動をしていますと心の中でそんなことを気にしてしまうことが良くあるものです。

もともと「漢字3文字」が好きでしたし、昔「蜃気楼」というユニットを結成して2000年の1年間だけ活動していたこともあって、漢字3文字には愛着みたいなものがありました。

まっ、この女性みたいな名前は一度聞いたら覚えてもらいやすいので、「名前を売る」という点に関しては100点だと思います。

これからもこの名前を大切に音楽活動頑張るぞ!